2016年3月17日木曜日

チューリッヒ、ビュールレ・コレクションの解体

私の著書に『邸宅美術館の誘惑』(集英社)がある。この本に出てくる美術館は
月刊『文藝春秋』の巻頭グラビアに不定期連載をしていたときに取材したのだが、
取材したかったのにできなかった美術館にチューリッヒのビュールレ・コレクション
がある。

この美術館は、故エミール・ビュールレの個人コレクション(印象派中心)を自宅
で見せていて、印象派中心のコレクションには定評があった。
ところが、 私が取材をはじめた2008年の2月に大きな盗難事件があり、
一般公開を止めてしまった。大変がっかりしたのをいまでも覚えている。

 邸宅美術館の本には書かなかったが、邸宅美術館は普通の家に美術品が並ん
でいるだけなので、普通の美術館より泥棒に狙われやすい。
フリックのような大規模な邸宅美術館は別だが、邸宅美術館の中
には運営資金が潤沢でない小さな美術館も多い。
セキュリティの費用はおろか、開館に必要な費用(人を雇ったり)に困っている
所もあるのだ。(午後2時から3時間しか開館していない、というような・・)

セキュリティは費用がかかる。
それに、セキュリティカメラとか赤外線監視装置といった一通りの手続きがなされ
ていないと、盗難保険害会社も保険をかけてくれないから、お金のない美術館は
盗難保険にも入れない。
重要な美術品を展示する環境を確保できるかどうかーーそれが邸宅美術館の
かかえる問題である。
(ちなみに上の午後2時からしか開いていない美術館にも泥棒がはいった)

2008年のビュルレ・コレクションの盗難事件では作品4点が盗まれ、2点はすぐに
発見された。残り2点(セザンヌとドガ)は2012年にセルビアで発見され、
犯人も逮捕された。 ともかく、盗難がきっかけで、ビュールレ・コレクション
の主な作品200点はチューリッヒ美術館の新館に長期貸与されることになり、
ビュールレコレクションは2015年に閉館した。財団はまだ存在している。


上の二枚が2012年にセルビアで発見された盗難作品。
 しかし、開館の背景はもうひとつあった。
 ビュールレがどんな人物だったのか?コレクションがどんなお金で購入されたのか? 
という問題が浮上してきたのだ。

 ドイツ生まれのエミール・ゲオルグ・ビュールレはOerlikon-Buhrleという武器製造企業
を経営し、ナチに武器を売っていた。ヘルマン・ゲーリングと仲がよかったという。
ナチがユダヤ人から没収した絵画13点を買っていた。
(これは戦後に買った作品で、後にこれが問題となりビュールレはこれらの絵を持主に返す)

ビュールレ・コレクションは全体で約600点弱あるが、そのうち300点強は財団ではなく
ビュルレの子孫たちが持っている。チューリッヒ美術館に長期貸与される200点の作品の
来歴は汚れていないが、子孫が個人的に持っている作品の来歴がどんなものだかは
わかっておらず、コレクション全体について情報開示を求める声があがっている。

チューリッヒ美術館はビュールレ・コレクションを展示するために増築しているが、
美術館は市立なので、税金をそういうコレクションに使ってもいいのか、という
論議も起こっている。 運が悪いことに、増築に現場一帯に中世のユダヤ人墓地が
あった可能性が出てきて、もしそうならその墓地跡を保存するべきだとも言われ
ており、工事は遅れている。(完成は2020年の予定)

戦後70年ではあるが、ナチがユダヤ系の人から略奪した美術品の物語はまだまだ
続くだろう。