2017年10月27日金曜日

ダ・ヴィンチの絵が11月に競売

更新がない、と何人かの方からお叱りを受けた。
すいません。
夏休みと思っていたら、どんどん休止期間が長くなって・・

本当は夏にドイツを回ったことなど書こうと思っていたのですが、怠けクセが
ついてしまいました。反省してます。

で、ドイツも9月の日本も色々あったのですが、まずはこの秋のニューヨークの話題を。





Salvatore Mundi  映像はパブリックドメイン



11月にクリスティーズでレオナルド・ダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」
が競売にかけられる。これが大きなニュースになっている。

さすがダ・ヴィンチの絵だから、日本の主要メディアも(オンラインで)
取り上げているけれど、値段のことばかりで情報は少なく、つまらない。
(下に書くように、かなり複雑な話で、新聞記事に短く書くには向いていない)

というわけで、これまで何回か調べてきたこの絵の話を書く。
登場人物も、その背後にある競売の世界もかなり危なく、限りなく面白い。

論議はあるものの、この絵は1500年頃に描かれたとされ、
2011年、ロンドン・ナショナル・ギャラリーのダ・ヴィンチ展で展示されたことで
真作のお墨付きを得た後に 2013年にサザビーズのプライベートセールで個人に買われた。
それが今回再度競売に出されることになった、という流れだ。

 どんな状況でダ・ヴィンチがこの絵を描いたのかはよくわかっていないが、
最初に記録に表れたのはイギリスのチャールズ一世のコレクションに入っていた
という記録。
チャールズが清教徒革命で斬首された(1649年)後、売られたが、
チャールズ二世が多分買い戻したが、その後記録が消滅。

次に現れたのは20世紀初頭、サー・フランシス・クックというイギリスの蒐集家
のコレクションとして1940年に展示され、1958年にサザビーズで売られた。
この時には ダ・ヴィンチの弟子の、Giovanni Antonio Boltraffioという画家の作品と
されており、落札価格はわずか45ポンドだった。

その後、あるアメリカ人蒐集家のものとなったが、その人物が亡くなり、
2005年にオークションに売りに出され、それをNYの画商のグループが落札した。
そして、画商グループがこの絵を洗浄して、ダ・ビンチの真作ではないかと動きはじめた。

画商グループはこの絵を、メトロポリタン、ボストン美術館、そしてロンドンの
ナショナル・ギャラリーなどに持ち込み、鑑定を依頼。

この絵を持ち込まれたロンドンのナショナル・ギャラリーは、
有名なダ・ヴィンチ学者4人
ーーメトロポリタンのカルメン・バンバック、
ミラノで「最後の晩餐」の修復を指揮したピエトロ・マラニ、
ダ・ヴィンチ学者のマリア・テレサ・フィオリノ、
オックスフォードのダ・ヴィンチ学者で、最近「美しき姫君」という
名前で有名となったダ・ヴィンチの肖像画(素描作品)を鑑定した
マーティン・ケンプ)
 が招かれ、ダ・ヴィンチの真作であるという結論に至り、
2011年ナショナル・ギャラリーでの「ダ・ヴィンチ」展への展示が決定した。

さて、では2013年に この絵を買ったのは誰かといえば、悪名高きイブ・ブーヴィエで、
価格は8000万ドルだったと言われている。(NYタイムズ)
ブーヴィエの説明をしていると長くなるが、フリーポート(税金逃れのため、美術品その
他を保管する倉庫)経営者でコレクター、ディーラーでもある。

で、ブーヴィエはこの絵をすぐにロシア人大富豪コレクター、ドミトリー・リボロフレフ
に売った。そのときの値段が1億2750万ドルだった。つまり、自分が買った8000万ドルに
なんと4750万ドル上乗せして売ったいうので、これはリボロフレフに訴えられた。

で、幾つかのニュース媒体によれば今回競売にだしているのはこのリボロフレフ
なのである。評価額は1億ドル。で、この競売にはサードパーティギャランティー
というものがついているが、この解説はまたいつか。(複雑です)

もうひとつ、この絵が出る競売は、現代美術の競売で、ウォーホルの
「最後の審判」が同じ競売で売られる、という仕掛けなのである。

競売は15日だが11月4日から下見が始まるので、私も見に行くつもり。
(ロンドンのダ・ヴィンチ展は見損なったので、雪辱を・・)

 余談になるが、デューラーのいわゆる「1500年の自画像」も、自分を「サルヴァートル・
ムンディ」になぞらえて描いたものである。
しかも、ダ・ヴィンチのこの絵と同じ年に描かれた可能性があるというのが興味深い。